小倉発祥焼うどんの店 だるま堂

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グルメ

 「焼うどん」といえば北九州・小倉の名物グルメ。その発祥店がリニューアルオープンしました。「小倉発祥焼うどん」の元祖は今どうなっているのか? 生まれ変わった発祥店をご紹介します。

この記事のポイント

① 小倉発祥焼うどんの元祖「だるま堂」がリニューアルオープン
② 「小倉焼うどん研究所」が経営
③ オリジナルの味を復刻 新メニューもあり
④ 創業は1945年(昭和20年)より、現在で3代目
小倉発祥焼うどんとは?
  • 乾麺を使用し「もっちり」とした麺の食感が最大の特徴
  • 目玉焼きをトッピングした「天窓」も有名
  • 市内の鉄板焼き・居酒屋店などで食べることができる

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1 だるま堂の概要

「だるま堂」は〝小倉発祥焼うどん〟を誕生させたことで知られる、焼うどんの専門店。創業は1945年(昭和20年)の戦後間もない頃、物資が不足していた時代にうどん乾麺を使ってやきそばの代わりとしたことが、焼うどん誕生のきっかけです。

令和2年7月23日にリニューアルオープン。経営はまちづくり団体「小倉焼うどん研究所」が行っています。

隠れた名店が集まる「鳥町食堂街」

魚町銀天街のアーケードに繋がっている鳥町食堂街の東側、その入り口付近に「だるま堂」があります。この食堂街には他にも小さな料理屋があり、どことなく今はない〝昭和〟の香りを感じさせてくれます。

店舗情報
小倉発祥焼うどんのお店 だるま堂
【住所】福岡県 北九州市 小倉北区 魚町1丁目 4-17
【電話】093-287-5215
【Web】https://www.facebook.com/darumadoukokura/

2 オリジナルの味を再現

小倉焼うどん研究所のイベント参加時の様子【出典:CAMPFIRE】※スクリーンショットにより引用

店舗のリニューアルに伴いだるま堂の運営をも担うことになったのは、焼うどんを通じ町おこしを行う非営利団体の小倉焼うどん研究所。お店を引き継ぐにあたり、以前よりだるま堂オリジナルの焼うどんに関して調査されていたようで、初代店主の奥様にレシピの提供を受けていたとのこと。

オープン後の口コミを見る限り「懐かしい味」「変わらぬだるま堂の味」等のコメントが多くあり、当時の味を研究し、そして試行錯誤されたのだと思います。

2代目 坂田さんの焼うどんは?

著者自身、2代目店主である坂田チヨノさんの時にオリジナルの焼うどんを食べたことがあります。しかし当時すでに坂田さんがご高齢であり、最盛期だった頃の本当の味を知る機会は残念ながらありませんでした。

そしてこの度だるま堂がリニューアルされ、ようやく著者も元祖の焼うどんを頂けるようになりました。研究所の皆様、だるま堂存続のためにご尽力して下さり、本当にありがとうございます!

2代目 坂田チヨノさん【出典:ウォーカープラス】※スクリーンショットにより引用

リニューアル後の食べた感想

〝天窓〟と呼ばれる半熟の目玉焼きが乗せられた焼うどん:だるま堂にて

さてそのお味はというと、元祖焼うどんは秘伝のソースが香る優しい味です。一般的な焼きそばでいうところの現代風濃いめソースに舌がなれている著者にとって、それはとても優しく感じられました。

この優しさは秘伝のソースだけではありません。最大の特徴である乾麺もまた太めのうどん麺とは違った程よい柔らかさであり、優しい食感を与えてくれます。鉄板焼きにはつきものの油っぽさもなく、総じて味も麺も優しい焼うどんというのが著者の率直な感想です。

以上はだるま堂の焼うどんについてですが、リニューアル後は嬉しいことに焼うどんのラインナップが増えました。以下にそれぞれのメニューをご紹介します。

3 メニューの紹介

焼うどん

  • 焼うどん(だるま堂)
  • 焼うどん(小倉焼うどん研究所)

リニューアル後のだるま堂では、2種類の焼うどんを提供しています。元祖「だるま堂焼うどん」と経営を引き継いだ「小倉焼うどん研究会」の焼うどんです。

焼うどん(だるま堂)

元祖であるだるま堂オリジナルの焼うどん。同店秘伝のソースは醤油ベースで、一般的なソースとは違ったあっさりとした優しい味わいがポイント。

最大の特徴はうどん麺が乾麺であること。鉄板の上でしっかりと焼かれたしっとり&モチモチの麺と優しいソースの味わいがとても合致しています。小倉発祥焼うどんが未体験の方は、ぜひ食べてもらいたい逸品です。

焼うどん(小倉焼うどん研究所)

「焼うどん研究所」の焼うどん パンチの利いたソースと太麺が特徴

「小倉焼うどん研究所」が開発した独自の焼うどん。同焼うどんの麺はオリジナルのような乾麺ではなく、太めのゆで麺を使用しています。

オリジナルとは味付けも違い、甘く濃いめのソースが特徴。店員さんによると、このソースはお好みソースで有名なオタフクソース㈱に依頼して作っているとのこと。こだわり抜いただけあって太麺との相性は抜群。鉄板でしっかり焼かれた麺の香ばしさは食べ応えあり。まさに〝焼うどんらしい焼うどん〟と言える一品です。

天窓(てんまど)

  • 天窓(だるま堂)
  • 天窓(小倉焼うどん研究所)

天窓とは麺の上に目玉焼きをトッピングしてるもの。もしくは炒める途中に卵をおとし程よく焼いて半熟に仕上げる焼うどんのこと。

命名は目玉焼きを「窓から望む月」に見立てていることから。この呼び方もだるま堂が発祥といわれています。近隣には同様の焼うどんをこの名で呼んでいるお店もあるそうです。

天窓(だるま堂)

こちらは元祖だるま堂の天窓。オリジナル天窓は、焼うどんを小麦粉の生地半熟卵で挟みこむようにして焼かれます。上の写真では小麦粉の生地は隠れて見えませんが、半熟の目玉焼きの焼面が上になるように乗せられているのが分かります。

画像は麺下の生地を取り出した様子

〝麺〟と〝生地〟という特徴は「広島風のお好み焼き」や「モダン焼」にも通じる特徴ですね。

出汁のきいた醤油ベースのソースは素朴な優しい味わいであり、乾麺のモチモチした食感が半熟の黄身と絡まりとてもまろやかに仕上がっています。小麦粉の生地もモッチリしており、他には味わえない「だるま堂」の焼うどんです。

天窓(小倉焼うどん研究所)

上の写真は研究所の味付けの「天窓」です。こちらは研究所焼うどんと同じ太麺で、味付けも同様。ただしオリジナルの天窓とは違い、小麦粉の生地が挟まれていません。最大の特徴はズバリ、のせられた生卵スキレットでしょう。

スキレットはアツアツの状態で出てきるため、香ばしい匂いが食欲をそそります。この加熱されたスキレットと相性抜群なのが生卵のトッピング。黄身が加わることで研究所の味がよりまろやかになります。 早い段階で麺に絡めて食べるも良し、石焼ビビンバのように全体を混ぜて焦がしながら食べるも良しの、現代風焼うどんです。

定食

  • 小倉定食
  • 玉子かけご飯定食

定食は上記の2種類です。好きな焼うどんとセットにできる小倉定食と、焼うどんなしのシンプルな玉子かけご飯定食があります。

小倉定食

好みの焼うどんとセットにできる小倉定食

焼うどんとセットで注文できる小倉定食。味噌汁、ごはん、漬物と、焼うどんと同じく小倉名物である鯖の〝ぬか炊き〟がセットになっています。

〝焼うどん〟と〝鯖のぬか炊き〟という小倉の2大名物を味わえるのは嬉しいですね。小倉の〝食〝を味わいたい人におすすめのセットです。またこれとは別に、味噌汁と漬物がセットのシンプルな玉子かけご飯定食もあるそうです。お酒を飲んだ後の〆にもいいですね。

単品

  • 鯖のぬか炊き
  • 玉子焼き・目玉焼き
  • めし
鯖のぬか炊き

小倉の名物料理のひとつであるぬか炊き。だるま堂では鯖のぬか炊きを注文することができます。

酒の肴として、焼うどんを待つ間に味わうのもいいですね。小倉はぬか漬けやぬか料理とゆかりがあり、それぞれを一緒に味わうことができるのが嬉しいですね。

ドリンク

  • サクラビール(ビン)
  • サッポロラガービール
  • レモンサワー(瀬戸内レモンサワー・大人のレモンサワー)
  • ハイボール(デュワーズハイボール)
  • ソフトドリンク(コーラ・オレンジ・ラムネ・ウーロン茶・コーヒー)
  • 日本酒
  • 焼酎(麦・芋・米)
サクラビール

サクラビール」は北九州市・門司区の名産品です。北九州に唯一の醸造所である門司港レトロビールが、サッポロビール関連のブランドを復活させたことで話題になりました。

先ほど紹介したぬか炊き焼うどん、そしてこの「サクラビール」のトリプルコンボ。……くどいようですが、存分に北九州の味を満喫できるかと思います(笑)

サッポロラガービール

〝赤星〟のマークで有名なサッポロラガービール。1877年より発売されている歴史あるビールで、日本のメーカーでも数少ない「熱処理」によるピルスナー系ラガービールです。

なぜこのビールがメニューにあるかというと、こちらもサクラビールと同様に北九州にゆかり深い品だからです。理由は北九州市門司区にかつてサッポロビールの工場があったことが関係してきます。詳しくは「サクラビール」のページをご参照ください。

4 リニューアルまでの経緯

このようにオリジナルの元祖焼うどんを継承しつつ、新しいメニューや店舗のリニューアルを行い「だるま堂」は新たな一歩を踏み出しました。では、それまでの道のりはどうだったのか?

ここからはだるま堂がリニューアルするまでの経緯を追っていきたいと思います。

だるま堂と焼うどんの誕生

出典:https://kokurayakiudon.com/about.html

まず〝小倉発祥焼うどん〟と〝だるま堂の誕生について。創業者であり初代店主の弁野 勇次郎さんが、終戦直後の1945(昭和20)年にだるま堂を開業しました。場所は現在と同じ鳥町食堂街でしたが、当時はバラックの飲食店が立ち並ぶ、戦後の色濃ゆい世情での開業だったそうです。

小倉焼うどん研究会のWebページによると、初代弁野さんは最初から焼うどんを創作したのではなく、もともとは焼きそばを作りたかったように思われます。しかし当時は食糧難の時代であり、この時ポピュラーだった専用のそば玉が入手できなかったため、やむなくうどん用の乾麺を使用して焼きそばの代わりとしたのが〝小倉発祥焼うどん〟の誕生経緯です。

こうして誕生しただるま堂により、周囲にも焼うどんがの存在が認知され始め、次第に他の飲食店でも焼うどんが提供されます。またその後の町おこしの気運の高まりや研究所のPR活動により、現在では北九州を代表するご当地グルメとして知られるようになりました。

きっかけは2代目店主のご逝去

昭和61年ごろの坂田夫妻【出典:CAMPFIRE】※スクリーンショットにより引用

創業者の弁野さんの後、店を引き継いだのが2代目である坂田 照義さんと坂田チヨノのご夫婦です。

長崎県出身の坂田夫婦は1960年ごろ親戚である初代を頼って小倉へ。ご夫婦は店の手伝いをしながら焼うどんのレシピを覚えたそうです。

その後まもなくご夫婦が店を継承。平成になり病のため照義さんが亡くなった後も、坂田チヨノさんはだるま堂の暖簾を一人で守り続けました。

以前のだるま堂と店主の坂田チヨノさん【出典:朝日新聞デジタル】※スクリーンショットにより引用

しかし令和元年9月に坂田さんが体調を崩し、店は一時休業。同年12月に82歳でご逝去されました。小倉焼うどん研究所著の「だるま堂物語」内に生前の坂田さんのコメントが「みんながおいしいと言ってくれたらうれしい。死ぬまでこの店続けるよ」とありました。チヨノさんはその言葉どおり、体の続く限り最後まで〝小倉の味〟を守ってくれたのだと思います。

〝小倉焼うどん研究所〟がお店を継承

改装中の様子 研究所のメンバーと所長の竹中さん(右)【出典:西日本新聞 me】※スクリーンショットにより引用

坂田さん亡き後、閉店していただるま堂を引き継いだのが小倉焼うどん研究所(以下:研究所)です。同研究所は「小倉焼うどん」を通じた町づくりをテーマに、2001(平成13)年に発足。B-1グランプリへの参加や開催、ギネス記録への挑戦や地震・豪雨災害への慈善活動などを行う非営利団体として市内外へ積極的に焼うどんをPRしてきました。

 

「研究所がだるま堂を引き継ぐ」という話は、実は坂田さんがご存命の時から既に出ていたとのこと。2018年当時、坂田さんが既にご高齢のため初代店主の奥様である弁野 文子さんより、このころから研究所への相談があったそうです。坂田さん没後にこの話は進められ、オーナーとご遺族より了承してもらい、リニューアルに向け本格的に始動することになりました。

5 難航するリニューアル作業

老朽化問題と改装費の増大

改装前のだるま堂店内【出典:CAMPFIRE】※スクリーンショットにより引用

たくさんの色紙が飾られている店内【出典:CAMPFIRE】※スクリーンショットにより引用

リニューアルに向け始動した「だるま堂」でしたが、その作業は困難の連続だったそうです。
まず老朽化問題。築75年の店舗の改修は建物自体もそうですが、その老朽化は厨房機器にまで及んでいたとのこと。新たな厨房設備の購入や店内カウンターの設置、使用されなかった2階を客席化するなど、改修費が増大したそうです。

地元を巻込む店づくり

改装後のだるま堂 ヒノキを使用したカウンター【出典:Yahoo!ライフマガジン】※スクリーンショットにより引用

このような状況のため、リニューアルの作業は研究所員たちによる自力での作業が多かったそうです。一方、内装のデザインは西日本工業大学デザイン学部に協力を依頼。あくまで〝日本的〟な風合いを意識した店内カウンターは京築産ヒノキを使用。以前の面影は残しながらも、明るい雰囲気の店内に様変わりしました。このような地域を巻込む店づくりも、歴史あるこの店を受け継ごうという研究所の意気込みが感られます。

コロナショックの影響とオープン

当初のオープンは令和2年の4月ごろを予定していましたが、新型コロナウィルスの感染拡大により5月へ変更。しかし自粛により思うように人が集まらず改装が遅れ、結果同年7月まで伸びることに。さらに拍車をかけたのが家賃問題。この時点ではまだ開業していないため、行政からの支援が受けられず4月より無収入。以降はそのまま家賃の支払いが続いたそうです。このためクラウドファンディングによる資金調達を実施。調達額は約150万円に達しました。

オープン後の竹内さんと研究所メンバー【出典:福岡ふかぼりメディア ささっとー】※スクリーンショットにより引用

その後、同年6月24日にプレオープン。翌7月1日にオープンし、だるま堂が再び鳥町食堂街に帰ってきました。

6 今後の展開

研究所所長の竹中さんは「ささっとー福岡ふかほりメディア」の記事内にこのようなコメントをのこしています。

竹中さんは「伝統のだるま堂の名前で、カップ麺など小倉らしい土産商品も作りたいですね」と話します。北九州には焼うどんのほかに、戸畑ちゃんぽん、門司港焼きカレー、八幡ぎょうざといった名物があり、それらをだるま堂で提供できる仕組みも考えていきたいとのことです。

ささっとー福岡ふかほりメディア【北九州・鳥町食道街に小倉焼うどん発祥の店「だるま堂」が帰ってきた】より引用

現時点ですでに店内でぬか炊きサクラビールが提供されておりますが、このような北九州のグルメをPRする取り組みが発展してもらえると嬉しいですね。

戸畑ちゃんぽんや門司の焼きカレーもついでに味わえると、小倉に住んでいる方も遠出しなくてすみ、コロナ自粛においても動きやすいです。また旅行者の方にもPRできるので良いアイディアだと思います。

所長の竹中さんはその他にも〝土産品〟についても言及されていましたね。焼うどんのソースやカワカミさんが出している焼うどんのお土産が気軽に買えるようになるといいですね。

またぎおん太鼓くろがね羊羹等の北九州銘菓なども、だるま堂でPR&販売して頂けると、ジャンルを問わないグルメの発信が期待できるのではないかと思います。

コロナ過の非常に厳しい世情ではありますが、新生・だるま堂のさらなる跳躍を願っております。

7 まとめ

今回は小倉焼うどん発祥の店「だるま堂」についてまとめさせて頂きましたが、いかがでしたでしょうか。

昨今ではメディア等で〝絶メシ〟として紹介されることがある古き良き地域の小店舗ですが、このような小さな食文化が文字どおり絶滅してしまうのは、地域にとって大変な損失だと感じています。

だるま堂は研究所やご関係の皆様のご奮闘と努力により、奇跡的にお店を継承されました。しかし調べる中で分かったのは、コロナショックの直撃が飲食店に与える多大な影響でした。

コロナがさらに追い打ちをかけている現状ですが「3密」や「不要不急の外出」でない範囲で「だるま堂」のみならず、このような店舗を少しでも応援できたらと切に願っております。

皆様のお住まいの地域の現状はどうでしょうか?

この記事をきっかけに、お住まいの地域の〝食〟の今を考えて頂けたら幸いです。

 

この度は最後までお読み頂き、ありがとうございました。

8 参考・出典

公式サイト

だるま堂 Facebook
小倉焼うどん研究所 ホームページ

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